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大阪地方裁判所 昭和45年(ヨ)3698号 判決 1973年10月05日

申立人 能登茂 外四名

被申立人 日本電信電話公社

訴訟代理人 藤浦照生 外七名

主文

申請人らの申請はいずれもこれを却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

事実

申請人ら訴訟代理人は「被申請人が申請人らに対しなした昭和四四年一二月二六日付懲戒免職処分はいずれもその効力を仮に停止する。申請費用は被申請人の負担とする」との判決を求め、申請の理由として、

一  申請人らは、それぞれ別表(省略。以下同じ)入社年月日欄記載の日に被申請人公社(以下、公社ともいう。)に採用されてその職員となり、昭和四四年一二月二八日当時同表職級欄記載の職級で同表勤務場所欄記載の職場に勤務していた。

二  申請人らは同月八日刑事事件に関し起訴されたため、同月二五日公社から公社の就業規則五二条一項二号に該当するものとして、右起訴当日に遡及して休職に付する旨の休職の発令を受けた。

公社では刑事事件に関して起訴されたことにより休職の発令を受けた職員は休職期間中の職員として本来の給与の六割相当の給与の支給を受けられることになつている。

三  したがつて、申請人らは依然として公社の職員であつて、右休職日以降本来の給与の六割相当の給与の支給を受けるべき権利を有している。

四  しかるに、公社は昭和四四年一二月二八日以降申請人らが公社の職員であることを争い、職員として取り扱わない。

五  申請人らはいずれも公社から受ける給与を唯一の収入としてその生活を維持してきたもので、他に資産収入はないから、本案の判決を待つていては回復し難い損害を蒙るおそれがある。

と述べた。

被申請人指定代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁および主張として、

一  申請の理由一、二項および四項の事実は認めるが、同三、五項の事実は争う。

二(一)  被申請人は申請人らが昭和四四年一一月一六日いわゆる反戦行動に参加し、兇器準備集合罪および公務執行妨害罪に問われる行為をしたことおよび申請人能登については一三日間、同谷向については一六日間、同小幡については一六日間、同中森については一七日間、同青山については一二日間それぞれ無断欠勤したことは公社の就業規則五九条七号、一八号および二〇号に該当する所為であり、かつその情極めて重いとして、同年一二月二六日日本電信電話公社法三三条一項、右就業規則五九条を適用して申請人らを懲戒免職する旨発令し、申請人らに対し内容証明郵便をもつてその旨を通知し、あわせて解雇予告手当の支払についても通知し、これらの通知は同月二七日各申請人らに到達した。

右就業規則五九条には、懲戒事由として、「職員は、次の各号の一に該当する場合は、別に定めるところにより、懲戒されることがある。

(中略)

七 職員としての品位を傷つけ、または信用を失うような非行があつたとき

(中略)

一八 第五条の規定に違反したとき

(中略)

二〇 その他著しく不都合な行為があつたとき、

右一八号に引用の就業規則五条一項には「職員はみだりに欠勤…(中略)…してはならない。」旨規定されている。

なお、解雇予告手当は各申請人とも受領している。

(二)1  沖縄返還交渉に最終結着をつけるため、昭和四四年一一月一七日訪米することとなつた佐藤首相の訪米阻止を叫ぶ反日共系学生各派や反戦青年委員会の若手労働者の過激集団は、同月一六日、昼前から東京の各所で火炎びんを投げるなど散発的なゲリラ活動を行ない、夕刻から一斎に行動を起した。「羽田空港突入」を呼号する学生達は国電蒲田駅を中心に、商店街で火炎びんを投げながら機動隊と衝突を繰り返し、一方では品川、蒲田両警察署や蒲田駅周辺の交番を次々と襲うなど京浜ベルト地帯で激しいゲリラ活動を繰り展げた。

東京駅でも「武闘」が展開されたほか、蔵前警察署が襲撃され、こちらのゲリラ活動により東海道線をはじめ国電の京浜東北、山手、中央各線と私鉄の京浜急行、東急、目蒲、池上線が断続的ストツプ、日曜の足は大混乱となつた。東京駅の騒ぎでは階段から押し倒された四ヶ月の身重の婦人が全身打撲で重傷を負つたのをはじめ、一般市民の三一名の多きに達した。

当日の彼等暴徒の行動がいかにすさまじかつたかは、この日一日の逮捕者数のみで一、六四〇名と史上最高の数にのぼつたことが如実に物語つている。

蒲田駅周辺では前記暴行を行つたほか、回送中のバスを略奪し、車内へ火炎びんを投入し、運転手に傷害を負わせ、かけつけ

た消防車をも燃やし消防士を負傷させたり、さらには子供の三輪車、電気洗濯機、自家用車、建材等を強奪して道路上にバリケードを築くなど、深夜に至るまで暴力の限りをつくし、この夜の蒲田駅周辺は暴徒の町ともいうべき状態となつた。

なお、申請人らが逮捕された蒲田駅構内およびその周辺ではもつとも過激行動の目立つた地域であり、これら暴徒の火炎びんや投石などにより同地域の市民に深刻な恐怖を生ぜしめたのみならず、商店街においてはシヤツターを下すなどのため著しく営業を妨害された。このためこれら過激集団は、市民の声の中に全く孤立し、徒らに無意昧な暴挙を重ねたものである。そして、前記逮捕者の大多数はこの地区におけるものであつた。

さらに、これら逮捕者のうち、申請人らを含む一〇四人は公務員および公共企業体職員であることが判明し、新たな国民の非難をあびた。

2  ところで、申請人能登、同谷向、同小幡、同青山らは警備に従事する警察官の身体等に対し、多数の労働者らと共同して危害を加える目的をもつて、当日午後四時頃、東京都太田区蒲田四丁目四九番所在京浜蒲田駅構内に、右の者らと共に、兇器として多数の火炎びん、鉄パイプ等を携え準備して集合し、また、多数の労働者らと共謀の上、同日同時刻頃、同所において、労働者らの違法行為の制止、検挙等の任務に従事していた警視庁警察官らに対し、火炎びん、石塊を投げつけるなどの暴行を加え、その職務の執行を妨害したものである。

また、申請人中森は、警備に従事する警察官の身体等に対し、多数の労働者、学生らと共同して危害を加える目的をもつて、当日午後四時五分頃から午後四時一六分頃の間、同区蒲田五丁目国鉄蒲田駅東口広場付近から集団をなし、同区蒲田五丁目二六番加登屋文房具店前交叉点付近に至る間において、右の者らと共に、兇器として、多数の火炎びん、角材、鉄パイプ、石塊等を携え準備して集合し、また、同日午後四時一七分頃から午後四時三〇分過ぎ頃までの間、前記交叉点付近および同所から前記東口広場に至る通称東口大通りならびにその周辺において、労働者、学生らの違法行為の制止、検挙等の任務に従事していた警視庁警察官らに対し、多数の火炎びん、石塊を投げつけ、角材、鉄パイプで殴りかかるなどの暴行を加え、その職務の執行を妨害したものである。

3  ところで、申請人らの問われている兇器準備集合罪および公務執行妨害罪は、偶発的に発生した単純に暴行傷害事件等と本質的に異なり、あらかじめ計画のうえ、暴力集団の威力をもつて公然と公共建造物を襲撃し、交通機関等を占拠ないし損壊し、公の秩序を破壊することを目的として敢行された集団的な暴力犯罪の一環をなすものであつて、極めて反社会的、反道徳的な犯罪といわなければならない。右犯行は、公共建造物の襲撃、交通機関等の占拠等により一般都民に不安動揺を与え、多大の損害を及ぼしたばかりでなく、直ちに新聞、テレビ、ラジオ等により、全国に報道されて広く世人のひんしゆくを買つたうえ、申請人ら公社職員が右兇器準備集合罪等で逮捕され起訴された旨新聞等で報道され、甚しく公社の信用を害し、一般公社職員の名誉を傷つけたほか、一部の申請人らに同調する職員に秩序軽視の念を誘起させ、公社秩序の維持の面においても、悪影響を及ぼしたところである。

なお、申請人らは、前述のとおり、昭和四四年一一月一六日兇器準備集合罪等で現行犯逮捕され、勾留のうえ起訴され、保釈を許可されるまで七ヶ月ないし一一ヶ月の長期にわたり勾留されていたのであるが、このことは、申請人らの犯行は決して軽徴なものでなく極めて悪質の重い犯罪であると認められていたことを示すものにほかならない。

さらに公社は、公共の福祉に密接に関連する公衆電気通信事業を経営している公共企業体であつて、公社職員は国民の重要な基本的人権である通信の秘密保持ならびに通信の安全性確保に関与するものである。これを申請人らについてみても、申請人能登、同小幡、同中森については、市外電話回線あるいはテレビ用回線等いわば電気通信網の中枢ともいうべき重要施設の保全業務を担当し、また申請人谷向は多数の利用者と応待する電報の通信作業を担当し、いずれも通信の秘密保持ないしは通信の安全性確保に直接かかわつているものであり、他方申請人青山については電話番号案内業務の担当者として、多数の利用者と直接応接し、そのサービスを提供するものであつて、公衆電気通信法一条にいう「迅速且つ確実な公衆通信役務を…(中略)…あまねく、且つ公平に提供する」ことに直接にかかわるものである。したがつて、職員はその職務の遂行に当つて公正誠実であること(公社法三四条)はもとより、職務外にあつても、国民の信頼を裏切るかごとき反社会的犯罪を犯すことは許されないものであり、申請人らの問われている行為は、申請人ら自身の品位を傷つけ、信用を失墜するにとどまらず、当該職員を従業員として使用している公社自体の信用をも失墜させるものであり、国民からその公正さを疑われることになるのであつて、公社の企業秩序の維持ないし利害に密接に関連するものといわざるを得ない。

4  よつて、申請人らの右非行が就業規則五九条七号、二〇号に該当することは明白であり、右非行の重大性からして公社としては公共的性格上放置することは許されないものである。そこで公社は早急に公社の秩序を維持し、その信用を回復するため、慎重に請事情を勘案のうえ、後記の就業規則五九条一八号該当事由とあわせ考慮し、懲戒免職処分に付したものである。

(三)1  (無断欠勤)

申請人らは昭和四四年一一月一六日現行犯逮捕され、事前に付与されていた年次有給休暇の期間経過後、同年一二月八日起訴され、刑事休職にはいる前日までの間、それぞれ次表記載の日数について無断欠勤した。

申請人         期間      無断欠勤日数 期間中の週休日数

能登茂   昭和四四・一一・二一~一二・七 一三日   四日

谷向正利  同   ・一一・一九~ 〃   一六日   三日

小幡煕   同   ・一一・一八~ 〃   一六日   四日

中森義行  同   ・一一・一八~ 〃   一七日   三日

青山由紀子 同   ・一一・二四~ 〃   一二日   二日

2  なお、同年一一月二四日斎藤浩二弁護士名義の休暇届が「関西救援連絡センターのメンバーと称する者により申請人らの各勤務局所に持参されたが、休暇の種類が明確でなく、また申請人らと斎藤弁護士との間の委任関係も明らかでないのみならず、休暇届の持参者は申請人らの所在あるいは連絡先、出勤可能の見込等について何ら明らかにしえなかつたので、公社としては右「休暇届」を受け取らなかつた。仮に右休暇届を年次有給休暇の請求と解したとしても、業務上支障があるので承認しなかつたものである。

なお、申請人らの同休暇の残日数は、申請人能登については五日と六時間、同谷向については五日、同小幡については一・五日と六時間、同中森については一〇日と四時間、青山については二時間のみであり、これらの残日数をすべて承認したとしても相当日数の欠勤となつたものである。その後申請人らから「休暇届」が配達証明郵便で送付されて来たが、前記事情に何らかわりないので、この休暇届を受理承認しなかつたものである。

公社では公社の服務上の措置としての「欠勤」には、いわゆる有断欠勤と無断欠勤の区別があり、有断欠勤とは、所属長の承認を受けた欠勤をいい、無断欠勤とは所属長の承認を受けない欠勤(無届による欠勤を含む)をいうものである。

3  ところで、申請人らは前記暴動に積極的、計画的に参加するにあたり、逮捕され出勤不可能となることのあるのを予想しながら、あえて非違行為を敢行し、その結果兇器準備集合罪等で現行犯逮捕され、ひきつづき勾留されたものであり、申請人らが主張するような不当な勾留ではない。したがつて、長期間にわたつて欠勤することとなつた責任は当然申請人ら自身が負うべきものである。

4  したがつて、申請人らの以上の欠勤は就業規則五九条一八号、五条一号の「みだりに欠勤」したことに該当するというべきである。

と述べた。

申請人ら訴訟代理人は、被申請人の主張に対する答弁および反駁として、

一  主張二の(一)は認める。もつとも、解雇予告手当は未払賃金として受領した。

同(二)の1は不知。同(二)の2は争う。同(二)の3は争う。同(三)は申請人らが同年一一月一六日現行犯逮捕され、同年一二月八日起訴され、起訴休職にはいる前日までの間、被申請人主張の出勤すべき日数を欠勤したことは認めるが、その余は争う。

二  本件懲戒処分の理由は、申請人らが公社の職員としての品位と信用を失墜する行為をなし、かつ無断で欠勤し、かつその情が極めて重いというにあるが、申請人らが行つたとされ、起訴されている犯罪事実が仮に存在し、申請人らが有罪であるとしても、公社の就業規則の解釈上それは職員の品位と信用を失墜する行為ではありえないし、また申請人らには懲戒処分に相当する無断無届欠勤は存在しない。

三(一)  被申請人公社とその職員との法律関係は、公社が国有とはいえ国家とは異なる私法人であり、職員の労働条件その他は公社と全国電気通信労働組合との労働協約によつて規定されるのであり、私法上の労働契約関係であることは明白である。ところで、使用者が労働者に対し、企業秩序を維持するために、秩序罰としての懲戒権を有することは一般に認められている。しかし、通常契約上の義務の不履行即ち債務不履行に対しては、損害賠償や契約の解除という制裁が加えられるが、懲戒処分、特に懲戒免職はこれらの債務不履行に伴う制裁を超えて、予告手当、退職金の不支給やさらに労働不適格者という労働者にとつて致命的な烙印を押すという点で、労働者に著しい不利益を与える。したがつて、懲戒権の運用は決して使用者の自由な裁量によつてなし得るものではなく、厳密に解釈された企業秩序の違反に対し、その維持に必要な範囲に限られなければならず、その範囲を逸脱した懲戒処分は無効であるといわなければならない。右の理由は公社が国有であり、独占事業であつても異らない。即ち、国有であるということは窮極的に国民が所有者ということであり、又国家と別法人にしたということは私企業的採算の重視ということであり、いずれにしても、その能率的、かつ合理的経営とそれにふさわしい企業秩序が必要だからである。

一方労働者が前記の企業秩序に拘束され、使用者の懲戒権に服するのは、労働者が労働契約によつて一定時間使用者に拘束されているからである。

とすれば、その拘束された時間、即ち、勤務時間外においては労働者は何ら拘束されていない私人としての行動の自由を有するものと言わなければならない。そして、労働者が私生活上の行動について、何らかの違法な点があり、それについて刑事法上の制裁を受けることがあつたとしても、使用者がそのことを理由として懲戒処分を行い得る筋合はないと言わなければならない。ただ企業は一般社会に対し、孤立して存在しているものではなく、それと密接に関係しながら企業活動を行なつているから、労働者の私生活上の行動も場合によつては企業秩序に影響を及ぼすことがあり得る。この場合に初めて使用者はその私生活上の行動が企業秩序に及ぼす影響に応じて懲戒権を発動できるのである。

以上の懲戒権の根拠とその限界は公社の就業規則(乙第一号証)五九条一ないし二〇号(懲戒事由)のうち、七・一六・二〇号各号を除いたその他は全部企業秩序違反行為であることがその文言自体から明白であることによつて裏付けられる。残された七号、一六号、二〇号のうちまず七号についてであるが、公社が一般社会で企業活動を行つている以上、名誉や信用をもつものであるから、職員もそれを傷つけてはならないという意味においてのみその合理性を理解できる。そのことは同号が特に「職員」と規定して、公社との関連性を明示しているものである。又、同号の解釈は当然「職員」の市民としての自由を侵害するものであつてはならない。次に一六号についてであるが同号は窃盗などの破廉恥犯罪と呼ばれる類型の犯罪を行つて、有罪とされた者を企業内に留めることは使用者や他の労働者に無用な不安や警戒心を起させ、その結果企業秩序が乱されるという意味でその合理性を理解できる。そして二〇号は一ないし一九号に準じた企業秩序違反行為に対してのみ適用されるべきである。

(二)  ところで申請人らが起訴されている事実、即ち兇器準備集合及び公務執行妨害の内容をなす具体的事実は、昭和四四年一〇月佐藤首相の訪米を阻止するべく東京において申請人らが警察部隊と衝突したというものである。

仮に右事実が真実存在し、申請人らが有罪であるとしても、

(1)  本件は申請人らの勤務地である大阪を遠く離れた東京における事件であり、

(2)  申請人らの各行動はいずれも有給休暇中のものであり、

(3)  その内容も政治的に見て決定的に重要な時点において反権力行動として権力機関と対峙したというものであつて、無関係な第三者に対する暴力の行使では決してない。

(4)  その動機たるや申請人らの政治的思想と良心に基づくものであつて、申請人らは平素は読書と労働を愛する青年労働者である。

(5)  他方公社は数十万人に上る従業員を擁する国家独占企業であり、申請人らはその最末端の下級労働者にすぎない。

以上のとおりで、申請人らの行為の内容、職務との関連性その他如何なる点からしても、申請人らが公社の職員としての品位や信用を傷つけたということは有り得ない。

(三)  さらに申請人らは既に休職に付されている事実も重要である。いわゆる起訴休職処分は当該労働者の就労を拒絶し、給与の一部しか支給されず、しかも判決確定までという長期のものであるという点で当該労働者に重大な不利益を伴ううえ、休職期間が判決確定までとされ、他方有罪判決確定の場合には懲戒免職となし得る旨の規定が存在することから明らかなように、懲戒処分と密接な関連をもつている。すなわち、有罪判決が確定すれば懲戒免職とすべき事案について労働者が起訴された場合、未だ事実の有無は確定できないから懲戒できないが、起訴されたことは有罪となる蓋然性が強いので、確定までの間暫定的に企業から排除しようとするのが起訴休職制度なのである。

したがつて、起訴休職は懲戒処分としての性質を多分にもつものであり、しからずとするも、懲戒処分を行うための準備的処分であるといわなければならない。そうすると、休職に付した以上は同一事実を理由として懲戒処分にはできないことが明らかである。一方で事実の有無が確定できないとして休職に付し、他方では事実が確定できたとして懲戒免職に付するのは起訴休職の存在理由を根本的に覆えすことになる。

(四)  仮にしからずとしても、従来公社においては非破廉恥犯罪で起訴された場合には、事実の如何にかかわらず、休職処分に付するにとどめてきたのであり、それが公社の労使間の慣行となつていた。すなわち、昭和二七年の吹田事件、昭和四〇年の北浜事件、同年の王造事件、昭和四一年の長田事件につき、公社の職員がいずれも刑事事件に関し起訴されたが、いずれも単に休職とされ、公社は就業規則や労働協約をそのように運用し、かつそれが慣行となつていたことを示すものにほかならないし、昭和四一年以降の公社の近畿電気通信局報のお知らせ欄に掲載された懲戒処分例と比較してみても、本件懲戒処分は著しく均衝を失している。

四、(一) 公社の就業規則五九条一八号、五条一号によれば、懲戒処分の対象となる無断欠勤は単なる無断欠勤ではなく「みだりに」した無断欠勤でなければならない。まして懲戒免職に付するものであればその情極めて重いものでなければならない。

ところで弁護士斎藤浩二作成の申請人らの各欠勤届が勤務場所である公社の各事業場に届けられたのは、昭和四四年一一月二四日であることは被申請人も認めるところである。この欠勤届が受理されていれば、申請人青山の無断欠勤は零であり、申請人小幡、同中森についても僅かに六日にすぎない。申請人らは万一逮捕された場合を慮つて有給休暇の承認を得て東京に向つた。そして逮捕後は直ちに接見した斎藤弁護士を通して欠勤届を作成してもらい、一番早く、かつ確実な方法として「関西救援センター」を通じて公社に届け出でたのである。逮捕勾留され、かつ弁護士以外の者との接見、文書授受の禁じられていた申請人らにこれ以上の措置は期待できない。したがつて、申請人らとしては、尽すべき最大限の努力はなしたのであり、信義則上要求される義務を履行しているといわなければならない。これに反し、公社は斎藤弁護士や欠勤届持参者の資格権限等形式的な点のみを問題として、その受理を拒絶したのである。

以上の事実によれば、申請人らの欠勤は無許可欠勤であつても、無届欠勤ではないから、前記就業規則五条一号にいう「みだりに欠勤」したことに該当しないこと明らかであり、いわんや懲戒免職に相当する程情の悪いものではあり得ない。

(二) なお、公社は各職場に職員の休暇日数が十分とれるよう配慮し、予測しえない事故欠勤をある程度見込んで要員を配置しているから、申請人らの右欠勤によつて公社に業務上の支障が生じたということはありえない。

五  以上の次第で、本件懲戒免職は就業規則の解釈適要を誤つたものであつて、無効である。

と述べた。

被申請人指定代理人は、申請人らの主張に対する反論として、

一  申請人らは刑事休職に付した以上は同一事実を理由として懲戒免職はできない旨主張するが、懲戒処分と刑事休職の目的性格は全くその主旨を異にしており、刑事休職中であつても、その内容から懲戒処分に該当すると判断される場合には当然に懲戒処分を行うことができるものである。これまで公社において、そのような措置をとつた事例は多数存在する。

なお、公社法、就業規則、労働協約は、刑事事件に関し起訴された者については休職とし、その期間は、その事件が裁判所に係属する間とする旨規定しているが、これは、本人の意に反する休職の最長期間を定めたもので、この休職期間中における身分措置を禁じたものではない。

二  また、申請人らは、公社においては、非破廉恥罪で起訴された場合に事案の如何を問わず「休職」に付し、免職しないのが公社労使の慣行になつていたかの如く主張し、その事例として、吹田事件、玉造事件、北浜事件、長田事件をあげているが、しかしながらそのような慣行は公社労使に存在しないし、刑事休職中であつても、破廉恥犯罪か否かを問わず、その内容において懲戒処分に該当すると認められる場合には公社の裁量により懲戒を行いうるのであつて、現に刑事休職中に公訴事実の確定をまたずに懲戒処分にした先例は存するのであつて、申請人らのあげる吹田事件等の事件は、本件の場合とは全く事情を異にし、これらの例をもつて本件の基準とすることはできない。

三  さらに、申請人らは申請人らの各欠勤はいずれも無許可欠勤であつても無届欠勤ではないから、みだりに無断欠勤したことに該当しないし、また無届欠勤と無許可欠勤はその情状において異なるものがあると主張するが、公社の就業規則五九条一八号が授用する同規則五条一号の「みだりに欠勤」とは所属長の承認を受けない欠勤をいい、届の有無はその要件ではない。同規則一四条には、欠勤につき事前事後のいずれに届出があつた場合でも所属長の承認を要するとの趣旨を規定し、事後の届出についても各所属長において厳重に判断しているところであつて、承認することのできない欠勤は届出の有無にかかわらず無断欠勤であることに変りなく、懲戒処分の対象となるのである。

と述べた。

疎明<省略>

理由

一  申請人らがいずれも申請人主張の日に、公社に採用されてその職員となり、昭和四四年一二月二八日当時申請人ら主張の職場に勤務していたこと、公社が、申請人らが同年一一月一六日いわゆる反戦行動に参加し、兇器準備集合罪および公務執行妨害罪に問われる行為をしたことおよび申請人能登については一三日間、同谷向については一六日間、同小幡については、一六日間、同中森については一七日間、同青山については、一二日間それぞれ無断欠勤をしたことは、公社の就業規則五九条七号、一八号および二〇号に該当する所為であり、かつその情が極めて重いとして、同年一二月二七日到達の内容証明郵便をもつて、申請人らに対し、日本電信電話公社法三三条一項、右就業規則五九条を適用して申請人らを懲戒免職にする旨の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、右懲戒免職処分の効力について判断する。

(一)  <証拠省略>ならびに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が疎明せられる。

1  沖縄返還交渉に最終結着をつけるため、昭和四四年一一月一七日訪米することになつた佐藤首相の訪米阻止を叫ぶ過激な反日共系学生各派や反戦青年委員会の労働者は、首相出発の前日たる同月一六日、全国各地から上京し、在京者を合せその数約一万人に達した。そして、同日午後三時すぎから東京駅を始め、山手京浜東北沿線の各駅に分散して集合し、同四〇分頃東京駅にいた約四〇〇人の学生が一斉に角材や火炎びんで武装し、検挙に向つた機動隊に向つて投石などして抵抗したほか、蔵前警察署が襲撃せられ、これらのゲリラ活動により東海道線、国電、一部私鉄は一時ストツプし、麻ひ状態となり、日曜の足は大混乱となつた。

2  殊に、右訪米阻止のため羽田空港突入を呼号する彼らにとつてその拠点となつた国電蒲田駅を中心とした商店街では多数の火炎びんの投擲、投石、あるいは角材、鉄パイプによる殴打等によりこれを阻止せんとする機動隊と衝突を繰り返し、品川、蒲田警察署を始め、蒲田駅周辺の交番を次々と襲い、激しいゲリラ活動が繰り展げられ、蒲田駅周辺の商店街では道路が一時火の海となつた。

そして、回送中のバスを略奪し、車内へ火炎びんを投入し、運転手に傷害を負わせ、かけつけた消防車をも燃やし、消防士を負傷させたり、更には子供の三輸車、電気洗濯機、自家用車、建材等を奪つて道路上にバリケードを築くなど、深夜に至るまで暴力の限りをつくし、その夜の蒲田駅周辺は暴徒の町ともいうべき状態となり、同地域の市民に深刻な恐怖を生ぜしめた。

3  右騒動のため東京駅では身重の婦人が全身打撲で重傷を負つたほか、一般市民の負傷者も三一名の多きに達し、この日一日の逮捕者数も約一、六四〇名に達する史上最高の数にのぼつた。

4  そして、右の出来事は直ちに新聞、テレビ、ラジオなど日本全国に報道せられ、前記暴力集団の行動は広く世のひんしゆくを買つた。

5  申請人らもこの日のために関西から上京し、当日反戦青年委員会のメンバーとして他の者と行動を共にし、もつとも過激行動の目立つた蒲田駅構内およびその周辺での暴力事件に参加して被申請人主張の如き兇器準備集合ならびに公務執行妨害行為をなした。

申請人らはその場で現行犯逮捕せられ、昭和四四年一二月八日、兇器準備集合罪、公務執行妨害罪等で起訴せられ(この事実は当事者間に争がない)。保釈されるまで七ヶ月ないし一一ヶ月の長きにわたり勾留された。

6  同年一一月二八日の新聞紙上には、特に申請人ら電々公社職員九名など三公社五現業職員を始め、国家公務員、地方公務員を含めこれを一括して、逮捕者中には百余人の「公務員」がいる旨大きく報道せられた。

以上の事実が疎明せられ、他に右認定を左右するに足る疎明はない。

(二)  そこで、申請入らの右行為が被申請人公社就業規則五九条七、二〇号に該当するかどうかについて考える。

1  懲戒事由の一として右就業規則五九条七号に「職員としての品位を傷つけ、または信用を失うような非行があつたとき」同条二〇号に「その他著しい不都合な行為があつたとき」と定められていることは当事者間に争がない。ところで、申請人らの如き公共企業体職員の労働関係は、私法上の雇用契約関係と解するのが相当であるところ、かかる職員に対する懲戒権は、企業秩序の維持、生産性の向上という目的から行使されるもので、職員は全人格、全生活領域にわたつて使用者の、評価統制に服するものではない。

しかし、私生活上の行為がそのために野放図に許されるのではなく、労働契約関係に伴う信義則上の義務の履行として私生活でも企業の信用、利益を害するような言動を慎しむべき忠実義務を負うものというべきであり、右忠実義務に反しない限り、その言動は何らの拘束を受けず、自由なものというべく、かかる言動は懲戒の対象とはなりえないものである。従つて、職場外の私生活上の行為が右就業規則にいう「職員としての品位を傷つけ、または信用を失うような非行があつたとき」あるいは「著しい不都合な行為があつたとき」に該当するか否かは、その企業の性格、非行の性質程度、その職員の地位、職種、事件についての社会的報道等諸般の事情を総合考察して、それが他の職員に対し悪影響を及ぼし企業の秩序ないし労務の統制を乱したか、対外的に企業の信用をそこなわなかつたか、企業の運営に何らかの悪影響を及ぼし、それによつて企業の利益が害され、または害されるおそれがあつたか等を判断して決すべきものである。

2  ところで、公社は公衆電気通信事業の合理的で能率的な経営の体制を確立し、公衆電気通信設備の整備および拡充を促進し、迅速かつ確実な公衆電気通信業務をあまねく、かつ公平に提供することによつて公共の福祉を増進するという事業目的を与えられ、国家の意思に基いて設立された公法上の法人で、国家行政組織の一部であると解せられ、その経営する公衆電気通信業務は高度の公共性を有し、国民生活全体の利益と密接な関連を有するものであり、その業務の停廃は国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれがある。従つて、法はその職員に対し「全力を挙げてその職務の遂行に専念すべき」ことを明記し、職員が国民全体の奉仕者として国の企業に従事すべきとこを要請し、さらには罰則の適用に関しては法により公務に従事するものとして取り扱つている。他方公社も亦前記事業目的を常に念頭におき、国民から付託された信用ないし信頼に応えねばならないものである。従つて、公社の奉仕すべき企業秩序は単なる作業秩序ないし経営秩序をもつては足らず、国民から付託せられた信用ないし信頼をも保持しなければならないものと解するのが相当である。

3  そして、申請人らのなした前記行為は前記二の(一)で認定の事実によると、昭和四四年一一月一六日のいわゆる「佐藤首相訪米阻止闘争」の一環としてなされたものであり、右阻止闘争は、佐藤首相の訪米を阻止するため、多数の学生、労働者らが火炎びん、角材、鉄パイプ等を使用して警察機動隊の阻止線を突破して羽田空港周辺を制圧する意図のもとになされた計画的、組織的、集団的な犯行であることが明らかであり、またその暴行の態様も多数にのぼる火炎びんの投擲、投石、あるいは角材、鉄パイプによる殴打がなされ、国鉄蒲田駅周辺は多大の混乱と不安を与え、全国的にも国民に不安感を譲成し、広くひんしゆくを買つたものであつて、その動機目的の如何にかかわらず、右暴力行為は法治国家として許し難い所為であり、反社会性の極めて高度なものである。そして、申請人らの加担した具体的行為も申請人らがいずれも勾留のまま起訴せられ保釈されるまで七ヶ月ないし一一ヶ月の長きにわたり勾留されていた事実に徴すると、その情も重いものと推認するに難くない。

4  申請人らを含む公社の職員が右佐藤首相訪米阻止闘争に参加し、逮捕されたことが新聞紙上で大きくとりあげられ報道されたこと自体、公社職員に対する批判を含むものと解するに難くなく、これを前記一般国民の右事件に対する強い不安感、ひんしゆくを合せ考えると、一般国民も亦これに対し強い批判的態度をとつたであろうことは公社の公共性から容易に推認できる。

5  公社職員の負担する前記忠実義務は指導的地位にある職員と一介の平職員との間に自ら差異のあることは当然であるが、一介の平職員といえども、公社の前記の如き高度の公共性から、一般社会から、公共性の高い企業に勤務し、その職務に専念しているものとして公務員に近い信用ないし信頼を与えられていることにおいてなんら異るところはなく、<証拠省略>によると、被申請人主張の如く申請人能登、同小幡、同中森は市外電話回線あるいはテレビ用回線等電気通信網の中枢ともいうべき重要施設の保全業務を担当し、申請人谷向は多数の利用者と応待する電報の通信作業を担当して通信の秘密保持ないしは通信の安全性確保に直接関与しており、申請人青山も亦電話番号案内業務の担当者として、多数の利用者と直接応接し、そのサービスを提供していることが疎明せられる。

以上認定の公社の性格、公社職員の法的地位、申請人らの行つた非行の態様、程度、性質等の諸事実を合せ考えると、申請人らの前記行為は一般国民の信用ないし信頼に反し、反社会性の極めて高い非行を行つたものとして、公社の職員としての品位を傷つけ信用を失つたものであり、これにより公社の対外的信用をそこない、その企業秩序を破壊したものと解するに難くなく、申請人らの行為は就業規則五九条七、二〇号に該当するものというべく、しかもその情の極めて重いことは前示のとおりであるから、特段の事情のない限り、公社は、その余の懲戒事由につき判断するまでもなく、日本電信電話公社法三三条一項により申請人らを懲戒免職に処しうるものというべきである。

(三)  申請人らは公社は右懲戒免職処分前にすでに申請人らを起

訴休職にしているところ、本件懲戒免職処分は起訴にかかる事実を理由としたもので、同一の事由で二重に不利益を課するものであるから許されない旨主張する。

なるほど、申請人らが昭和四四年一一月一六日兇器準備集合罪、公務執行妨害罪を犯したものとして、同年一二月八日起訴せられ、本件懲戒免職処分に先立つ同月二五日公社から右起訴を理由に起訴当日に遡及して起訴休職に付されたことは当事者間に争がない。しかしながら、起訴休職処分は職務上の義務違反をした職員に対する懲罰の見地からなされるものではなく、職務の適正な能率運営の確保のため任用上の見地からなされる職員の身分に関する処分であつて、このような職員を秩序維持の見地から終局的に懲罰もしくは非難するにある懲戒処分とはその制度の趣旨、目的を異にするものであり、また申請人ら主張の如く起訴休職制度に起訴事件の結果の確定をまつて最終的な取扱を決定するという趣旨があることは否定できないにしても、免職猶予の趣旨を含むものとは到底解せられないから、公社が申請人らに対し起訴休職中に懲戒免職をしたからといつて何ら違法ではない。

(四)  ところで、申請人らは従来公社においては非破廉恥罪で起訴された場合には懲戒処分に付することなく休職処分に付する旨の慣行があつた旨主張するが、かかる慣行のあつたことを肯認するに足る疎明はなく、申請人ら主張の昭和四〇年の北浜事件、同年の玉造事件、昭和四一年の長田事件も<証拠省略>によると、本件犯行と事案を異にし、単なる労使間の経済闘争に派生して発生したものであり、昭和二七年の吹田事件もその背景を異にしたものであるから、未だその前例とするに足りない、従つて、右慣行のあることを前提とする申請人らの主張は理由はない。

また、申請人らを懲戒免職処分にしたことが他と著しく均衡を失していることを肯認するに足る疎明もないし、前記申請人らの行為に照すと、本件懲戒免職処分をもつて、公社の裁量権を著しく逸脱したものとも云い難い。

(五)  そうすると、公社がなした本件懲戒免職処分は有効なものといわねばならない。

三  してみると、申請人らの右懲戒免職処分が無効であることを前提とする本件仮処分申請はその疎明がなく、かつ疎明に代る保証を立てさせることも相当でないから、これを失当として却下すべく、申請費用の負担につき民訴法八九条九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大野千里 平井重信 村田達生)

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